Knoh, The Knowledge Hub

自殺念慮に対処する最善の方法を教えてください

回答の背景

自殺を考えているなら聞いてほしい

 

1995 年、僕はエイズと診断された。病気の進行の目安となる CD4T 細胞の数は 17 にまで落ち込んでいた。ちなみに、健康な 成人のCD4T細胞の数は 1000 から 1500 くらいだ。余命 2 ヶ月か 3 ヶ月、奇跡が起きれば一年持つかもしれないとのことだった。

1995 年頃には、エイズに関する医学的理解もチョットは進んでいた。例えば、エイズ患者は、往々にして、弱った免疫力が引き起こす あまたの感染症にかかり、長い入院期間の末、みじめでツラい死を迎えるということ。ぼくも自分なりに考えてみた。何でこれから 数ヶ月、苦しい思いをしながら死と闘わなくちゃいけないんだ。いっそクスリを飲んで、痛みのない楽な死を選んだほうがマシだ。

最初の転機は、尊敬する友達に自分の病気を打ち明けたときだった。彼はこう言った。「自殺をするなら、そのことを君は家族に伝える 義務がある。なぜかも言わずに勝手に死んでいくのは卑怯で姑息だ」でも、たった一年前に、夫を筋萎縮性側索硬化症で失った母に、 これから自殺するとは言えなかった。やはり出口のない病気と最期まで闘いながら死んでいった勇敢な父親のことを考えると、 やっぱり自殺はできなかった。

あと少しだけがんばってみよう。ぼくは決めた。

それから数ヶ月の間、三度ニューモシスチス肺炎にかかり、細菌性肺炎も一度、他にもいくつも感染症にかかった。途中、 過剰なアレルギー反応で死にそうにもなった。どうやらサルファ薬のアレルギー持ちであったらしい。特に三度目の ニューモシスチス肺炎の時は生死をさまよった。よくわからないけど、かなりの劇薬を投与していたみたいで、ぼくの 静脈に薬を打つ看護婦が、頭からつま先まで完全防備で、おいおいちょっと待ってくれよと思ったのを覚えている。薬はものすごい威力だったらしく、 二時間ごとに起こされ、ただでさえ激減している白血球を守るためのロイコボリンを投与された。

長い話で悪い。もうちょっとで終わる。肺にはびこった細菌を検査するため右肺にバイオプシー針をブッ刺された。肺へのバイオプシーは、 細胞採取を肺をふくらませた状態で行わなきゃいけないので、部分麻酔だけで、肋骨の間から針を刺された。これが死ぬほど痛かった。

正直、二度目のバイオプシーが必要だと言われた時には、もうダメだと諦めかけた。でも不思議なものだ。あと一回、あと一回だけがんばってみようと思えたのだ。ぼくは二度目のパイオプシーに踏み切った(最終的には三回目までやった)。ようやっと先の劇薬も効きはじめ、 肺機能も少しずつだけど回復してきた。丁度その頃、担当医からプロテアーゼ阻害剤という、対エイズ新薬の話を聞いた。ぼくは思った。ここまで やってきたんだ。試してみようじゃないか。アレルギーで死にかけて、肺を針で串刺しにされた今、失うものなんかないもんな。

あれから 15 年になる。毎朝起きる度に、ぼくは諦めなかったあの時の自分に感謝する。「あと少しだけがんばってみよう」「もう一度 だけやってみよう」という積み重ねが、新薬の登場というかたちでぼくの命を救ってくれたのだから。

何が言いたかったかというと、先が見えなくて、絶望しか感じられなくて、恐怖にうちひしがれても、人生を見捨てちゃいけない ってこと。人生は驚くことばかりで、一夜にして展望が急展開することなんていくらでもある。死んじゃったらそこで終わり。その先に あったどんな素晴らしいことも台無しだ。あと少しだけがんばってみよう。もう一度だけやってみよう。そうやって生きていれば、いつかシアワセと鉢合わせるはずだ。